横浜ピアノ調律学院 BACK
(社)日本ピアノ調律師協会受験生メッセージ
西村 智味 西村 智味さん
(社)日本ピアノ調律師協会(2011年入会)


地元岐阜県の学校を卒業して就職、10年が経過し、ふと自分の生活を振り返り将来を見つめた時、まだやり残したことは無いかずっと考えていました。インターネットでいろいろな情報を得るうちに、幼い頃習っていたピアノの事が頭をよぎり、調律がどんなものか興味を持ち始めました。そのときは興味を持っただけでしたが、1年が過ぎてもずっと調律のことが頭から離れず、どうしても横浜ピアノ調律学院の体験レッスンを受けたいと考えるようになっていました。それからの決断は早く、来週からお世話になります!と言い、週1回新幹線にての通学が始まりました。2年間通学後、卒業とともにひとつの達成感があり自分でも納得のいく勉強が出来たのでまた元の職業に戻ったのですが、そこで(社)日本ピアノ調律師協会の試験があることを知り、勿論チャレンジです。でもそれからが大変、週1回学んだ事を岐阜に帰ってから仕事で疲れた身体に鞭打っての練習の日々が続きました。挫けそうになった時、優しくフォローしてくださったスタッフの方には本当に感謝の気持ちでいっぱいです。合格通知を受け取った時にはプロになることの難しさを実感いたしました。
今年度よりピアノ調律師も厚労省管轄の国家資格になるという事を聞き、私もこの資格を活かしつつ夢のある自分の将来設計図を考えてまいります。岐阜羽島より横浜への新幹線通学が今となっては楽しい思い出になりました。
長谷川 要 長谷川 要さん
(社)日本ピアノ調律師協会(2011年入会)


学院とつながってから、早五年。いろいろ寄り道をしながらも、皆様方のサポートと僕の強運のおかげで、調律師協会の会員になることができました。青木先生は、いつもおばかな僕にでもわかるようにと、的確な指導をしてくれるので本当にありがたいです。一人前になったら、おいしいおそばをごちそうしたいです。富山先生、僕ごときにいろいろと気遣っていただいて、本当にありがとうございます。でも僕のバイト先のドアの前で遊ぶのはやめてください!そして、太さんが鬼のように怖い顔で、毎日プレッシャーをかけてくれたので、集中力を持続したまま浜松で試験を受ける事が出来ました。そして、僕のペースに合わせてくれてありがとうございました。
青木先生や先輩方、両親に見捨てられなくて、本当によかったし感謝です。本当にこの学院に入学できてよかったと思います。これからもよろしくお願いします。
太 寿恵 太 寿恵さん
(社)日本ピアノ調律師協会(2010年入会)


学院を卒業して5年、ずっと協会の試験を受けたいと思いつつなかなかきっかけがつかめずにいました。
去年末、久しぶりに学院に立ち寄った時、受けてみないかと背中を押され受験を決めました。
卒業して調律の仕事はしていたものの、この期間何度も壁にぶつかり、悩み、悔しい思いもしました。でもそれ以上にやっぱり調律は楽しく、その奥深さにどんどんはまって行きました。
今回合格する事が出来ましたが、それは一重に入会審査を受けるきっかけをくださり最後までご指導していただいた青木学院長、いつも暖かく励まし自信をつけてくださった皆様方のおかげです。本当にたくさんの方からサポートしていただき、感謝の気持ちでいっぱいです。
調律は大変な事も多いですが、勉強すればするほど、ピアノに接すれば接するほどいろいろな発見がありどんどん楽しくなっていきます。
ここからがスタート!これからも日々勉強し、技術を一層深め、いろいろなピアノと向き合える調律師を目指して頑張ります。
佐藤 桜子 佐藤 桜子さん
(社)日本ピアノ調律師協会(2009年入会)


合格通知を手にした瞬間、たくさんの思い出が蘇ると同時に涙が溢れ、しばらくその場で動けなかったことがつい最近の出来事のようです。
調律を勉強し始めてから今日まで、単に言葉だけでは言い表せない程、実に様々なことがありました。そのような中でも唯一、確かなことがあります。
青木学院長、特別講師の塩崎先生、富山先生や先輩方の厳しくも温かいご指導、共に励まし合い勉強した仲間や学院の皆様のご協力、そして家族の理解や支えがなければ、ここまで辿り着くことはできませんでした。
この先、長く険しい道が待ち受けていることと思います。技術を磨き、音を追究し創り続けていく為にも、絶えず多くの経験を積まなくてはなりません。音楽や調律に対する思い、皆様への感謝の気持ちを常に忘れることなく、努力して参ります。
隅田 元子 隅田 元子さん
(社)日本ピアノ調律師協会(2009年入会)


調律に興味を抱き、学院の門を叩いたのがかれこれ10年以上も前のこと。体験レッスンを受け、面白そう、と入学を決めました。楽しいながらも悩みつつ、その頃は卒業することが目標でした。やっとその目標を達成できると、ますます調律師への憧れが・・・。ピアノに関わっていたいという思いも強くなり、日本ピアノ調律師協会の受審を決心。しかし、それだけで合格できるわけはなく。再びユニゾン他、悩むところから始まったのでした。諦めそうにもなりました。そんなところを叱咤や激励で引っ張ってくださった青木先生、富山先生、そして塩崎先生には感謝の気持ちでいっぱいです。諸先輩方、同じ目標を持って頑張ってきた仲間、応援してくださった皆様にもお礼を申し上げます。
これから。気持ちも新たに目標も新たに、もっともっと頑張らなければ。
小川 絢子 小川 絢子さん
(社)日本ピアノ調律師協会(2009年入会)


私は、ピアノを小さなころから習っていたので、家に調律師の方が来て調律しているのに興味を持っていました。
子供のころは何をやっているのかよく分かっていませんでしたが、大人になってその仕事内容を理解したときに、勉強してみたいと思い、この学院に入ることを決意しました。
調律は、音をどう聴けばいいのか、ハンマー操作はどうするのか等教わったことを、自分の中でさらに模索しながらやるので、出来なかった部分が、出来るようになった時は本当にうれしかったです。
協会の試験に向けての練習、勉強は平日会社に通いながらなので大変でしたが、合格通知が来てほっとしました。今後、今よりもっともっと調律の精度が上がるように頑張りたいと思います。
三縄 さほり 三縄 さほりさん
(社)日本ピアノ調律師協会(2009年入会)


ようやく手にした「合格」の二文字。ホッとしたと同時に、協会員になることの責任感がじわじわと湧いてきて、気持ちが引き締まる思いです。 友人にも家族にも、誰にも言わずに学院に通い始め、なんとなく言いそびれたままここまで来てしまい、ようやく「実は・・・」といえる日を迎え、肩の荷が下りました。
出来ない、わからない、何がわからないのか、わからない。とくに高音部では長い期間、彷徨っていました。90分以内に下律と本調律をおこなうという、日常生活では長く感じるような90分。でも実際にボックスに入るとおそろしく短い制限時間に追われるうち、時間をかけて丁寧に調律していたころの感覚をすっかり失念してしまい、高音部はひどい有様でした。
これまでずっと自信が持てずにおりましたが、日本ピアノ調律師協会への入会を期に気持ちを一新し、協会の一員として恥じることのないよう、横浜ピアノ調律学院で学んだ日々を誇りに、より一層の技術の研鑽に努めます。
切れそうな細い糸を手繰るような繊細さをもちながら、かつ、しっかりと力強くピアノに向かい、頼られる調律師になるべく、これからますます精進いたします。
根気強くご指導いただいた学院長に、いつも優しく見守り励ましてくださった講師の皆様に、共に入会審査の合格を目指し一緒に過ごしてきた仲間に、遠くから応援してくださった皆様に、支えてくださった皆様に、心より感謝いたします。
篠原 順也 篠原 順也さん
(社)日本ピアノ調律師協会(2009年入会)


卒業。今はあまり実感がありません。5年前、意を決して学院の門を叩いた事がきのうの事のように思われます。
初めの頃、青木学院長から「良い耳だね」と言われ、大変嬉しく俄然やる気を起こしたものの、実際は暗中模索の日々が続きました。途中でやめてしまおうかと思った事も一度や二度ではありませんでした。しかし学院には素晴らしい人達が沢山いたのです。情熱溢れる青木学院長、それとは別の角度から指導して下さる有賀先生、とても楽しく指導して下さる富山先生、休日返上で練習につき合ってくれた佐藤さん、「うん、いいねえ、この音だよ」と評価して下さった特別講師の塩崎先生、難しいうなりに対して「この位置なら聴こえるよ」と体を張って教えてくれた受講生の森さん、何と聴診器を持ってかけつけてくれた卒業生の檜垣さん…他にも数え切れない多くの方々に助けられた5年間でした。
これから深い深い音の世界を、一生をかけて追求して行く楽しみと、暗中模索が続いて行くであろう不安とで、今は胸がいっぱいです。学院を去らなければならない淋しさがありますが、ここでの日々は一生の宝物になると確信しています。本当にありがとうございました。
森 重喜 森 重喜さん
(社)日本ピアノ調律師協会(2008年入会)


学院に来る以前に持っていた、私のピアノ調律に対する印象は、音にかけては頑固一徹な職人の仕事…。
いくら磨いてもまだ磨き足りないと感じるような、奥の深い技の世界…。そして同時に磨けば磨くほど光を増す音の印象…。色にたとえるなら、決して派手な金色ではなく、”燻し銀”の印象。
私にとって幸いなことに、実際にピアノ調律を学んでみて、また、いろいろなピアノ調律師の方にお会いし、ご指導いただいて、どれも現実のものであることがわかりました。
精緻な構造と精妙な音の世界。まだまだ学び足りないことがあるのですが、私の学院での時間は尽きてしまいました。
青木先生、有賀先生、富山先生、米ノ井先生、佐藤先生、私は転職で入門したので、ちょっと歳のいった融通のきかない学生だったと思いますが、忍耐強くご指導いただきまして、どうもありがとうございました。学院の家庭的な雰囲気には心が和みました。学院主催のボランティア活動では、リーダーの本多さんに、現場に出てもなんとかやれるという自信と度胸をつけていただきました。素晴らしい活動だと思いますので、今後もお体に気をつけて皆を引っ張り続けて頂きたいと思います。また、年2回の協会受験コースでご指導いただいた塩崎先生、折に触れてコンサート調律の見学をさせていただきました松永先生、先生方の高い調律技術を拝見し、とても励みになりました。最後になりましたが、卒業生や学院生の皆さん、皆さんと一緒に学ぶことができて、とても楽しかったです。
これからも日々研鑽を重ね、一人でも多くの音楽好き、ピアノ好きな方にお会いして、ちょっとしたお力になれればと思います。どうか皆様お元気にご活躍のほどを。またの機会にお会いしましょう。
永岡 正明 永岡 正明さん
(社)日本ピアノ調律師協会(2007年入会)


私は当学院を卒業後、地元の愛媛県松山市に戻り、楽器店の顧客を主体に調律をやらせて頂いております。学院長や講師、先輩調律師の指導や励ましのおかげで調律師協会に入会することもできました。私が学院の門をたたいたのは30才を過ぎてから。不安はありましたが、個々の習得のペース応じて細やかに指導をして下さるので、スムーズに課程を終えることができました。受講生の年齢層も広く、さまざまな境遇の方に出会い、楽しく過ごすことができました。仕事を始めた今もなお学ぶことは多く、ピアノという楽器の奥深さを痛感しています。音楽は人々を和ませたり感動を与えたりできる素晴らしいものです。私自身、苦しい時期を音楽によって助けられた経験があります。だからこそこの仕事を選んで良かったと思います。調律師として一人前と呼ばれるにはこの先幾多の苦難があると思いますが、一歩ずつステップアップして、自分の技術を練り上げていきたいと思います。
酒井 洋 酒井 洋さん
(社)日本ピアノ調律師協会(2007年入会)


ピアニストは、調律師の「大丈夫」という一言に、安心してステージに出ていくといいます。そしてそのピアニストの指先から息をのむような音がコンサートホールに響くとき、調律師の最も幸せな瞬間ではないでしょうか。30歳を過ぎて、これから先の自分の人生を懸けることができる仕事はと考えたとき、幼少より30年近く弾き続けてきたピアノを活かすことができるピアノ調律師以外に考えられませんでした。そして、たくさんある調律学校の中から横浜ピアノ調律学院を選んだというのも、ここ以外に考えられなかったからです。学院での勉強を終えたいま、その直感が間違っていなかったことを確信しています。学院長の青木先生は、細かく手取り足取り教えるというよりもまず自分で考え自分で見つけ出すように導いて下さいますが、絶えず後ろから目を光らせているのでつねに緊張感をもちながらレッスンをすることができました。そしていよいよ調律師としてのスタートラインに立つわけですが、その道のりがどれほど長く、厳しいものなのか、いまはまだ想像すらできません。しかし、だからこそやり甲斐があり、一生を懸けるに足る仕事だと思っています。これから果たしてどこまで自分の技術を高めていけるか、楽しみでもあり不安でもありますが、高い目標に向かって常に向上心を忘れず、ピアニストに信頼され、そして安心感を与えられるような調律師を目指して、努力していこうと思っています。
吉川 美里 兵藤 節子さん
(社)日本ピアノ調律師協会(2007年入会)


(社)日本ピアノ調律師協会の9月の初審では思うような調律が出来ず残念な結果を残してしまいました。調律のみ再度挑戦するために、ただひたすらピアノに向かい悩む日々でした。特に低音部の唸りについては、U1からU3に代わった途端に出口のないトンネルに迷い込んでしまい、不安で押し潰されそうな時もありましたが、青木先生を始め講師の有賀さん、富山さん、諸先輩方、学院の皆さんが暖かく見守って下さり、とても励みになりました。2月に行われた研修会では、特別講師の塩崎先生が「低音1本弦が微妙に揺れているんだよね、ほらこんな風に・・・」と実際に体を揺らして見せて下さいました。その感覚が自分の中で微かな糸口となり、それから再審までの数週間は、その感覚を大切にしながら学院と自宅で低音を繰り返し練習しました。お陰さまで再審でうれしい合格通知を頂くことができました。関わって下さいました多くの皆様に心より感謝申し上げます。力強く深みのある低音、音色の粒が正しく揃った柔らかな中音、空間にスーッと染み渡るような繊細な高音、、、。1台のピアノが織り成す音に数々のイメージを抱きつつ調律が楽しめたなら・・・仕上がった心地よい音色を何時までも聞いていたいと思えたなら・・・そして5年、10年、その先も、なるべく沢山のピアノに出会えたなら・・・私はとても幸せです。
吉川 美里 吉川 美里さん
(社)日本ピアノ調律師協会(2006年入会)


ピアノとの最初の出会いは5才頃のおもちゃのピアノ、そしてUPピアノへ。。。レッスンは断続的でしたが、時々、演奏会を聞きに行く等、細々ですがピアノの音とは自分自身、離れることはなかったと思います。最近になって、自分は何をしたいかを考えるようになり、思い浮かんだのが大好きなピアノの音に触れる調律でした。始めてみると、もっときれいな音にしたいと思い続け、また、ひとつとして同じものはないという事に気づきました。これから調律を始める方、この魅力的な世界をぜひ体験してみてはいかが?きっと笑顔が絶えないでしょう!!
伊藤 絵里 伊藤 絵里さん
(社)日本ピアノ調律師協会(2006年入会)


今回、日本ピアノ調律師協会試験に合格し、研究科を卒業することとなりました。ご指導くださいました諸先生方、OBの方々、応援してくださった学院の皆様、本当にありがとうございます。思い返せばこの学院生活の中、何度も壁にぶつかりました。調律がまったくわからなくなった時もありました。気持ちの浮き沈みと比例したグラフの浮き沈み・・・。何より、ピアノが喜ばない調律をしていました。今、ユニゾンを習い始めたころの初心に戻り、一音一音から耳を離さないよう集中して調律することを心がけています。きれいに合った音を確認する度、今までの調律の粗さを実感してしまいますが、調律の精度アップが技術の向上につながっています。調律師としてのスタートはこれからです。たくさんのピアノとお客様に出会おうと思います。そして、キレイな音を探求する中でいつか「わたしの音」を見つけようと思います。私にしか作れない音がきっとあるはずだから♪。
檜垣 紀子 檜垣 紀子さん
(社)日本ピアノ調律師協会(2006年入会)


この度、(社)日本ピアノ調律師協会入会審査に合格することができました。私を支えてくださいました青木学院長、有賀先生、富山先生をはじめ多くの皆様に感謝の気持ちでいっぱいです。大学では英文科を専攻した私でしたが卒業時期が近づくにつれ、本当に自分のやりたい事はなんだったのだろうか・・・と疑問を持ち始めていました。幼い頃よりピアノが大好きでピアニストを夢見て猛練習をした時期もありましたが、受験などを理由にピアノは遠のいていきました。でもやはり音楽の道をあきらめることはできず、いつしか調律師という職業を思い浮べるようになり、大学卒業と同時に横浜ピアノ調律学院に入学しました。一年で卒業、就職活動をするうち、自立する為にも横浜を離れ名古屋の楽器店に行こうと決心いたしました。でもそれからが大変、技術者が私一人しかいない職場は毎日が苦労の連続!、でも今から考えるとこの期間が私にとってとても有意義且つ技術向上の時期ではなかったかと思います。三年後、横浜に戻り東京の楽器店に勤務する傍ら調律学院・協会受験コースに再入学、夜間部のレッスンに通いました。仕事を終えてからの勉強は大変で居眠りをする事も・・・でも合格したことで今までの苦労がすべて私にとって良い思い出になりました。これからも毎日が勉強と思い、大好きなピアノと接して参りたいと思います。ありがとうございました。
茂木 皇 茂木 皇さん
(社)日本ピアノ調律師協会(2005年入会)


この度、(社)日本ピアノ調律師協会に入会させていただきました。青木先生をはじめ、支えて下さった皆さまにあらためて感謝いたします。学院にはいつも誰かしら人が出入りしています。それは、親分肌でありながらいくつになっても子どものように無邪気な青木先生の魅力と、先生が作り出すものの質の高さが誰の目にも明らかだからだと思います。私たちはどの世界にいても、不足を覚えるほどに自分とは無縁の高みがそこにあるような、まるで未踏の舞台に厚化粧をして臨むような、普段とは違う何か特別なものを出さなければならないような気構えになることがあります。全身全霊を注ぐはずが、心も身体もまるで意のままにならない時があります。しかし調律師が技術の保持・向上を常とするならば、現時点の立ち位置は誰が決めるものでもなく、ただただ、いつ何どき試されてもおかしくない「いつものそれ」をここで確実に育んでいただき、良いときもそうでないときもたゆまずにいて頂きたいと思います。自分もそうしたいと思います。何しろ、世の中にはひとつところに固定されているものなどひとつもないのですから。
富山 茂 富山 茂さん
(社)日本ピアノ調律師協会(2004年入会)


この度、(社)日本ピアノ調律師協会の審査に合格する事が出来ました。これも偏に青木学院長を始め講師方々のお陰げと感謝しております。当学院は、非常に多くの協会員を送り出しています。それは、調律・整調等の研修で、本人の身に付くまで徹底した教育を行なっている成果であると実感しています。調律では、先生が防音ボックスの外で、生徒一人一人の様子を見ながら適切なアドバイスを行ない、整調においても実際のピアノを使用して、各工程毎にきめ細かな個人指導を行なっている事です。また、それだけに留まらず、調律師協会の塩崎先生を始め多くの先生方をお迎えしての勉強会も数多く行なっています。一流調律師の技術を目の前で見て、そのイメージを頭に刻み込む事は、より正確で効率的な調律・整調を行なう上で非常に勉強になります。私は協会員になったばかりで、これからが本当の意味でのスタートだと考えています。調律において、基音を取って割り振りで決定される音程はほぼ唯一ですが、そこから低音域や高音域に展開して行くと、個々のピアノの特性からピンを止めるポイントは無限に広がり、その中から最も美しい“響き”に導く事は容易ではありません。また、整調においても、学院内では出来る様になったものの、実践ではなかなかその通りには行かない事が多々あります。と言うのも、ピアノは同じ部品でもメーカーや型番により微妙に異なり、現場のピアノに合った整調が必要になるからです。したがって、一人前の調律師になる為には、やはり経験を積んで行く事が不可欠です。今後は出来るだけ多くのピアノに接して、誰もが「う〜〜ん、ワンダホー!」と叫びたくなる様な“響き”を出せる様に日々精進致します。皆さんも一緒に頑張りましょう。本気で!!
西 泰樹 西 泰樹さん
(社)日本ピアノ調律師協会(2004年入会)


皆さんこんにちは、西泰樹です。この度協会入会審査に合格し、念願だった協会員の仲間入りをすることができました。僕が調律を始めたのは20代前半です。調律とは違う専門学校を卒業後、いろいろなことをやってみましたがイマイチしっくりきませんでした。真剣に自分が将来、何を仕事としていやっていこうか、と考えていた時、たまたま新聞で横浜ピアノ調律学院の広告をみたのがきっかけです。僕自身は弾いていませんでしたが、家にピアノがあったので身近に感じていたからだと思います。調律を始めてみてこれは僕にとって天職だ!と思うようになりました。アルバイトをしながら週2回通い、今まで体験した事のない音への拘りを感じた時は、もう夢中でピアノの音に聴き入っていました。音楽の原点はピアノにある・・と言っても過言ではないように思えました。協会試験は僕を受け入れてくれない時期もありましたが(*^-^*) やはり諦めきれず頑張って良かったと、今ではつくづく思います。卒業後は山口県のスタインウェイジャパン特約店(株)松永ピアノに就職しました。それからは調律・修理・営業・コンサート運営と忙しい毎日を過ごしています。今こうして好きな仕事ができるもの、青木学院長をはじめ塩崎誉征先生、(株)松永ピアノ社長や支えてくれた多くの方々のご協力があってのことだと思います。皆さんも是非、調律学院で頑張ってください。同じ目標を持った悩み、愚痴も言える友達もたくさんつくってください。僕がコンサートチューナーとして活躍する頃には、学院から後輩がくるのを楽しみに待っております。
山口の澄みきった蒼き空より・・
米ノ井 広幸 米ノ井 広幸さん
(社)日本ピアノ調律師協会(2003年入会)


やった〜。念願の日本ピアノ調律師協会試験に今回なんとか合格することが出来ました!まだあまり実感がわかないのですがうれしいと言うよりは、ホッとしたというのが正直なところです。学院に入学して足かけ8年。とにかく辛い長い日々でした。割り振りが出来ない、最低音がわからない、高音ピンボケ、ユニゾンに唸りが出ている等々数え上げればきりがありません。”もう一回一からやり直し”と何度も繰り返し練習し直したことか。でもそんな思いも報われずレッスン終わって成績が悪かったりした時は、家に帰る足取りが妙に重たいんですよね・・・(この気持ち皆さん分りますよね)人それぞれ価値観は違うでしょうが、私は協会試験合格を第一目標にずっとやってきました。でもこれがなかなかの難関。私の場合、前に仕事は辞めておりましたし、今更後戻りは出来ない。前に進むしかないんです。ここまで来れたのは技術がどうのと言うよりも、なんとか最後までしがみついていたいと言う気持ちだけで来た様な気がします。とにかくやるしかないと言う気持ちです。これから協会試験を目指す人は、自分自身のこういう気持ちが最後の支えのなると思って頑張って欲しいと思います。それから指導してくれる人を信じてついて行くこと。まわりでいろいろと調律について意見する人がいても、一人の指導者(私にとっては青木先生)の指導法について行く事が、迷いをうまない事だと思います。わたしもこの4月からは、やっと(とりあえず)一人前の調律師として再スタートを切る事が出来そうです。でも実際のところ技術はまだまだ未熟。学院で苦労して学んだ日々を忘れず、ますます研鑽を積んで行きたいと思っているこの頃です。
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